(2012年1月11日)
1959(昭和34)年のこの日、南極に置き去りにされた南極観測隊の2匹のカラフト犬・タロとジロの生存が確認され、南極から打電されたこのニュースは、世界を愛と希望と勇気の感動で包んだ。 昭和30年、日本・・・
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(2011年12月19日)
労働に適した特徴を備えた犬です。稚内地方でも北国の輸送手段として市民の生活を長い間支えていました。昭和32年から日本が初めて南極観測に参加するため、極寒の地での物資輸送に樺太犬による犬橇を使うことが決・・・
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(2011年12月13日)
【稚内市青少年科学館と南極体験資料館のご案内】 稚内市青少年科学館は、稚内市にゆかりの深い南極観測に関係する資料がとても豊富 です。歴代の砕氷船「宗谷」・「ふじ」・「しらせ」の模型や、実際の南極観測で・・・
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(2011年11月30日)
稚内市青少年科学館には、南極観測で使用した雪上車、居住棟、衣服類、犬ぞりなどや南極観測船模型、写真パネル等348点が展示された南極展示コーナーがあります。また、ホームページには「樺太犬タロ・ジロの一・・・
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(2011年10月25日)
タロ:エスキモー犬(雄)7歳 ブラックタン良毛、カナダ・イエロー・ナイフ出身 ジロ:エスキモー犬(雄)7歳 ブラック&ホワイト、カナダ・イエロー・ナイフ出身 (タロ・ジロは父が同じの兄・・・
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(2011年10月17日)
日本が国際地球観測年を機に、南極観測に参加することが決定されたのは昭和30年(1955)のことです。当時は、サンフランシスコ講和条約調印のわずか4年後のことで、日本には国際的な地位などないに等しい状・・・
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(2011年9月26日)
昭和2年、アメリカ児童親善会より日米親善をねらいとして日本に贈られた青い目の人形12,739体(北海道へは643体)のうち一体が稚内にもあります。内で現存するものは11体。旧稚内小学校に贈られた人形・・・
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(2011年6月 7日)
北緯45度に位置する日本最北端の稚内市は、宗谷海峡をはさみ西側は日本海、東はオホーツク海に面しておりますが、日本海とオホーツク海の境界線は、北海道北端の宗谷岬とサハリン南端の西能登呂岬(クリリオン岬)・・・
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(2011年5月23日)
おおなご棒寿司 おおなごヒツマブシ丼 「オオナゴ」は、スズキ目イカナゴ科に分類され、標準和名で「イカナゴ」といい、稚魚の時に何の子ども(稚魚)であるか解らないので「いかなる魚の子なりや」と言われた・・・
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(2011年4月22日)
ニューヨークにある国連本部の前庭には、世界の恒久平和を願うシンボル”平和の鐘”がありますが、この鐘と同じものを世界中に設置し、その思想を広めようとする運動があります。この運動に・・・
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(2011年3月28日)
帝政ロシアとの国交が悪化しはじめた明治35年(1902)に、国境の備えとして旧帝国海軍が建設したもので、古色蒼然としたたたずまいは、いかにも歴史を感じさせてくれます。石材を積み上げて、コンクリートで固・・・
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(2011年1月20日)
南極観測樺太犬記念碑(稚内公園) 昭和30年、日本は南極観測に参加することを決めました。南極観測に参加するために観測するグループを決めなければなりませんでした。南極で色んなことを調べる人たちはすぐに・・・
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(2011年1月 7日)
大正時代の終わりから、樺太との間に稚泊(ちはく)航路(稚内-大泊)、稚斗(ちと)航路(稚内-本斗(ほんと))が開設されていた稚内港は、北方交通の要衝として防波堤や岸壁など港の整備が急がれていましたが、・・・
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(2010年10月21日)
稚内は日本海とオホーツク海、宗谷海峡に囲まれた水産の街です。 稚内の特産品「たこしゃぶ」をご紹介いたします。 国内水揚げ高日本一の「たこ」の産地、従来は縁起の良い酢だこ(紅白)として本州各地へ直送して・・・
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(2010年7月31日)
九人の乙女の碑 氷雪の門 「樺太島民慰霊碑」 かえらぬ樺太への望郷の念と、樺太で亡くなった人々の慰霊のために昭和38年(1963)8月20日に建立されたもので、以来、毎年8月20日に樺太ゆかりの人・・・
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